師走に置いてかれる

小説だったり映画だったり主に作品の感想が多めだと思います

WHITE ALBUM2で主役

 WHITE ALBUM2及びWHITE ALBUMのネタバレに注意

 

 

 もう随分と前から気になっていたWHITE ALBUM2introductory chapterの発売から12年近くたっているため、その年月の分だけ積み重なった伝説的な評判を幾度も聞いていたが、その評判を裏切らないゲームだったと思う。恐らく完全版であるEXTENDED EDITIONを購入し、一月を超えてじっくり楽しませてもらった。今回はそんなWHITE ALBUM2で主役について書いていきたい。

 

 主役と言っても今回取り上げるのは主人公である北原春季ではなく、パッケージヒロインの片割れである小木曽雪菜のことを指す。別に北原や冬馬がそうではないと言っているわけではなくて、少し象徴的な意味合いとして、私もやはり小木曽こそがこのWHITE ALBUM2の主役ではないのかと思うのだ。

 

 そもそもとして作中の三人の関係性が奇怪だという事に疑いはないだろう。ここまで歪な三角関係がそうそうあってほしくないと感じてしまうほどに、彼らの関係性は苦さを感じさせる。正面から向き合おうとするがゆえにどちらもないがしろにできない主人公。主人公を好きでたまらないのに自滅傾向で踏み込もうとしないヒロイン。そして幾度も裏切られるのに突き放すことも許すこともしたくないヒロイン。思えばこの三人は、そうなるべくしてそうなっていると思えなくもないが、単純な話として、一人でも欠ければそれで収まってしまうような関係でもあるのではないか。収まり方の解釈は別として。三人が、三人でいようするならば苦しまざるを得ない。これはたぶん恋愛の三角関係では普遍的な法則なのだろうが、そもそもそんなことを望む人がどれほどいるのか微妙なところである。しかしそれを望むのが小木曽雪菜であり、作中で何度も形容されている通りワガママな彼女は、そのうえで主人公と結ばれることも望んでいる。そんな夢物語が易々と成就するはずはなく、ほぼすべてのルートで彼女の願いは遂げられない。

 

 ゲームを始めてほんの数分の段階で、冬馬よりも小木曽の方が好きになりそうだと思っていたが、それを完璧なまでに決定づけたのは間違いなくicの電話の場面だ。この場面は本当に渾身の場面だと思っていて、小木曽とは本質的にどういう人間なのかということを挨拶のように描写していると感じる。トラウマを刺激されて不安定な心情と顔が見えない電話という状況が相まって、想像以上に面倒な態度でそして主人公に甘えているのが嫌でも分かってしまう。電話の場面は小木曽のお話の中ではかなり重要な役割を果たしていて、このあとも何度か描写されるが、そのどれもが印象的。中でも柳原の一件の電話は、この場面に負けずとも劣らない破壊力で復活の如く襲い掛かってくるため、懐かしさとともに泣いてしまった。

 

 認識が不十分なこととして、cc開始の時点で小木曽と北原は別れているのか別れていないのかということがあるのだが、おそらくしっかりとは決まっていないというか、相当に混沌とした状況にあるためどっちでもいいのかもしれない。ccは小木曽と冬馬以外の三人のヒロインが追加されるわけだが、どのヒロインと結ばれることになろうと小木曽は遺憾ない存在感でプレイヤーの心を締め付ける。麻里のルートでは辛くなってしまうような粘り強さを示し、千晶のルートでは彼女の誇りが垣間見える。そしてやはり特筆すべきは小春のルートであろう。他のルートと同様に粘りに粘っても、北原の気持ちが戻らないことを悟ってしまった小木曽は、最後の最後はそれでも笑みを湛えて北原を送り出す。これは北原のモノローグにも綴られていたと思うが、ここで小木曽は本当の意味で彼が救われる行動はしていない。明らかに自分に非があるのに、あんな送り出し方をされてはたまらないだろう。あの笑顔を忘れることは出来ないだろう。たとえ他の人と結ばれても、ただでは降りないという意志を感じる。ある種恐ろしい人ではないだろうか。

 

 ほとんど大円団のような流れでエンディングを迎え、エピローグでプロポーズして終わりかというところで、なんとなくわかっていたけど、やっぱりやるんだなというような、小木曽勢を戦慄させる始まり方をするcodaなのだが、やはり辛かったという想いが強い。というか北原が冬馬のこと好きすぎる。プレイヤーでもどうすることもできないのではないかというほどには、冬馬が出てくると釘付けにされてしまうのはどうなのか。俗に言う浮気ルートでは、正直ドン引きレベルの懐の広さで迎えられて流石に唖然としたが、あれは不倶戴天の君にを踏まえれば納得がいくだろう。そうじゃなければ本当にヤバい人だと思う。そしてWHITE ALBUM2最大の修羅の道であろう冬馬ルートでも、小木曽はどこまでも小木曽だった。やはりこのルートも電話だった。小木曽のことをたびたびゾンビと形容することがあるようだが、間違いないだろう。

 

 これはちょうど今から言及するルートが終わった時に思ったことであり、そして本記事の題名にもあるが、このWHITE ALBUM2の主役というか主人公は北原ではなく小木曽なのではないかと、冗談半分では あるが思ったりする。三人でいたいし、そのうえで北原と結ばれたい。そんな不可能に近い理想郷をずっと願い続け、それゆえに何度も絶望したはずなのに、それでもワガママをやめなかった。小木曽ルートは、そんな彼女が全てを掬っていくある意味英雄的なものだと思う。このルートは明らかに五年前のやり直しだろう。本当は狂おしいほど楽しかったはずなのに、間違いの連続によって悲しさに覆われた文化祭を、もう一度再現して過去を清算する。加えてあの時は冬馬に向けられて作られた曲は、今度は小木曽に向けられる。流れが綺麗すぎてそれだけで涙腺が緩々になってしまったが、たとえ出来すぎていても、なにより小木曽が報われたカタルシスを感じずにはいられなかった。WHITE ALBUM2には数々の素晴らしい歌が登場するが、やはり私は時の魔法が一番好きだ。

 

 本編の台詞を引用しながら書けたら良かったかもと後悔している。もちろん一番最初に攻略したヒロインなので、それがたたって詳細に覚えていないことがままあった。しかし彼女がもたらした感慨は当分のあいだ消えていきそうにないので、個人的に今はそれでもいいかなと。類稀な関係性の中で、どうしようもなく不利な状況の中で、それでも実直に向き合い続ける小木曽雪菜は、間違いなく最強のヒロインだろう。