師走に置いてかれる

小説だったり映画だったり主に作品の感想が多めだと思います

【感想】真実の10メートル手前

 さよなら妖精と王とサーカスは読了済み。それの感想。ネタバレあり。

 一篇目。王とサーカスの太刀洗は新聞社をやめた後の話だったので、最初の話として捉えやすかった。豚テキとほうとうが食いたくなる。この篇で相方だった彼も、ほどよい軽快さで良かった。最後はやはり米澤穂信だなと思わせる苦い結末で正直予想も出来ていたが、直前の太刀洗の反応のせいで思った以上にダメージを負った気がする。思わず5秒ほど頭を抱えるくらいには。本の題名にもなっている表題は内容を際立たせる秀逸的。

 二篇目。これはもう最高のファンサービスだった。最初の語り手である男が知らない人だとはすぐに分かったが、嬉々として事故現場を撮影する女性が誰なのかという部分で戸惑った。正直語り手が変わって少し読み進めるまで彼女の正体ははっきり分からなかった。そしてこの変わった語り手の扱いがもう最高だ。一人称が私だったのでこの語り手が太刀洗かと思っていたら開口一番に感慨深きあの渾名を口にしたため、思わず読むのを止めて何度か読み直してした。語り手の正体に気づいてからはその興奮と共にノンストップで最後まで読み、そして続けてもう一度。さよなら妖精に魅せられていた私は彼のその後をずっと見てみたいと思っていたし、王とサーカスではあまり触れられなくてそれは当然と思いつつも物足りなさを感じていたのだ。なので節々から感じられる新事実が、私を満足させることを止まなかった。今回彼の名前が明記されていることはなかったと思う。しかしだからこそ、言わなくてもわかるだろという作者の心の声が聞こえるようで感嘆してしまうのだ。神業とも思えるあの絶妙な取扱いに、最大の感謝をしたい。ありがとう。

 三篇目。前の二作と違ってまっさらに太刀洗を三人称で見つめるので、やはり太刀洗は超然的という印象を受けた。事件の事実が明らかになればなるほど胸糞悪くはなったが、この話自体は劇的な話で少々現実離れしていると思ったので、あまりダメージは無かった。

 四篇目。一番興奮したのはやはり二篇目である正義漢なのだが、単純な内容ならばこの話が一番好きだ。語り手である少年の無垢さが凄く爽快ではありつつ、米澤穂信らしい人間性にそれが直面する感じが憎いと思わせる。亡くなった親子と語り手の親子の対比も良い。何より最終場面。彼が泣き出した段階で私自身もそれと同じくなり、そして太刀洗の不器用でありながら芯を放すまいとする優しさに喝采を送りたくなった。

 五篇目。これも中々にファンサービスだったと思うが、正義漢とは違って色々な物がない交ぜになる話ではあった。マーヤの兄の登場は嬉しかった。彼の語りは恐らく英語訳を意識している気がするが、それがあの手紙のまま語っている様で最初から馴染み深かった。事件自体は色々な憶測を浮かび上がらせる物だったが、真実はやはり冷徹。被疑者の手記を用いたトリックは素直に驚愕した。やはりマーヤの話になってしまうと感情が昂るのはもう当然のことだろう。兄から伝えられる彼女が語った日本の友人それぞれの人物評には胸が熱くなって仕方なかった。

 

 六篇目。真実に関してはある程度想像に難くないと思った。やはりそうかという感じではある。しかし問題はその真実ではなく目なのだということが表れているように思う。彼女なりのやり方で現実を見捉え立ち向かっていく太刀洗に対しては、この話の語り手と同じ様に私もただ祈っている。